1月
26
かずさ青年会議所新年会
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1月
24
天気予報は外れた。
雪に埋もれる金色の鹿苑寺を期待していたが、曇天であった。
730に専務に起こされ、吉牛で朝食。
メインフォーラムは午後からなので、空いた時間で散策しようということになり、
5人乗りのタクシーにしようといたが、これだけいればレンタカーのほうが便利ではないか
ということになり、車と言えば米澤副委員長のNEWベルファイアー。
早速、電話したが、彼はまだ、鴨川の自宅のベッドの上であり、到着には最低8時間を要するとの
話であったので、やもなくレンタルすることとなった。支払いはカード払いというこでJALカードを差し出すと
ANAのマイルポイントが付くという世にも理不尽な受け答えを頂いた。よく分からない。
車は皆を乗せ、清水寺へ。こんな時村田さんや森谷君が居れば、ひっそりと苔むす静寂の寺で
僕らは自分の罪や悔いを改めることが出来ただろうが、我らはベタであった。とびきりの。

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清水寺では皆でおみくじを引いた。
英之君が「大吉」、正木君と私が「凶」残りは「吉」だったろうか。
門前で、しばしお土産を散策していたが、なぜか専務は三度笠と毘沙門天のTシャツを購入。

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京都会議といえばこの写真の風景。この前に来たとき迂闊にも
これが京都会議だと強く理解せざるを得ませんでした。
京都会議初参加の自分にとってはこの写真だけが、
京都会議のイメージであり、その前に立てただけで、もう十分だと
なぜか、勝手に思ってしまいました。
背後の看板には
「呼び覚ませ 日本のプリンシプル 新たな奇跡を起こすために 凛然とした誇りある国 日本の創造」
と確かにそう書いてあります。
これから5時間。ぎっしり詰まった会議が始まります。
まずは前菜代わりにメインフォーラム。
アサヒビール名誉顧問中條高徳氏の講演。震災を受け、滅びる文明として
1.理想主義を失った民族 2.心の価値を失った民族 3.自国の歴史を忘れた民族
明治維新や敗戦といった節目節目でなぜに日本は滅びなかったのかということを上記3点の
視点から述べておられました。そしてこの国の特徴として
・恥の文化 ・ニュートラルな天皇の機能 ・リーダー教育(エリート教育) 等々挙げておられました。
(流山の周年へ参加のため、尻切れです。)
1月
23
天気予報によれば西日本地方は降雪であった。
鴨川市役所に集まる頃には冬の冷たい雨であった。祖父祖母世代はよく
この冬の冷たい雨のことを「いっしい天気」といっていた。通じるだろうか。
傘を持っていこうかやや逡巡したが、普段せぬことはしないほうがよい。
温かいことに、紫のシャツを着た高島くんとビールを差し入れてくれた村田さん
と暖かなお茶を持ってくれた森谷くんと勤務中に係わらず須金君がお見送りにきてくれた。
市役所前の屋根のある駐輪所で挨拶をして、川名さんの車に、相原先輩と真索さんと
川名さんと金杉くんと正木君と自分が乗り込み、新横浜へ向かった。
英之君はブロック役員の職務のため、すでに、鴨川を離れているという。
英之君はほんと偉い。
それに引き替え、車内で差し入れのビールを開けてしまう僕はどうなんだろうか。
新横浜駅の駅裏へ車を停め、プラットホームへ向かう頃には
雪がしんしんと降り続いていて、雪の階段を天へ辿れば、
やすやすと恋人気分になれそうなロマンティックな情景だった
けれども、隣にいるのは金杉専務というのはかなりの現実感だ。
正木君が買っておいてくれた切符を手にして改札口をくぐっても
予定の時刻にはまだ余裕があった。何を話したか、はっきりしない。
が、専務が今年度日本JCのスローガン「呼び覚ませ日本のプリンシプル」
について、「プリンシプル」ってどういう意味的発言をしていたが、
そこは英国帰りの直前が「学級委員長」っていう意味もあるよと言っていたのは覚えている。

新幹線車内の様子だ。
正木委員長は満面の笑みだが、隣人には目隠しをいれておいた。
車内で先輩が肉まんを差し入れてくれた。専務はありがとうございますといって
食べていた。僕らはいましがた、弁当を食べたばっかりだったので、少し遠慮させてもらった。
金杉専務は偉い。
それに引き替え、つぼにはまった笑いを押し殺している自分はどうなんだろう。
少し飲み過ぎたかもしれない。
京都駅に着く。宿泊の新都ホテルは南西方直前だ。正木委員長は部屋に入ると
疲れた様子を表し、ベッドで横になっていた。今夜の予定「関東地区ナイト」は
1900開始の予定で、時間に余裕があったので、少しまちを散策しようということになった。
京都らしいところで木屋町通りとか歩いていると、高瀬川が流れていた。
森鴎外の「高瀬舟」の舞台である。・・・うんちくもおちも無い。

そう言えば英之君の奥さんが「かんちくナイト」という言葉を聞いてディスコのようなものを連想した
らしい。自分にもそんな記憶がある。JC用語というものは圏外の者にとっては不可解なものが多い。
では「かんちくナイト」とはいかなるものか。写真の通りである。

ディスコではない・・・・のようなものでもない・・・ふつうのJC的な風景である。
壇上中央でマイクを前にするのは本年度関東地区協議会の会長 杉浦誠君です。松戸JCです。
今年は千葉県内から関東地区協議会への出向が多いようです。関東地区協議会は関東地区
に存する8つ、千葉とか神奈川等の8つのブロックの集合体です。日本本会とブロックの橋渡し役を担います。
私もこれまで関東地区協議会に目を向けたことはありませんでしたが、県内LOMから会長を輩出するということに
なるとやや近しいものとなってきます。会場は熱気に満ち、約400名のJCがいた模様です。
かんちくナイトのあとは相原先輩とおちゃやさんの約束をしていましたが、ちょっとかんちくが長引いたため、
タイミングが合わず、おちゃやさんにはいけませんでした。なのでみんなでご飯へ。

宮川町あたりをうろつくメンバー。なんとかなぜか中国料理へ。
そこで白、黒、赤の担々麺を食べると、私の頭から発汗し、雨が降ったような様になりました。
三蛇酒を頂いた方は時にハブとなり、時にまむしとなり、時にコブラとなっておりました。
私と専務はこのあと、相原先輩にお誘いを受け、先輩なじみの飲み屋さんへ。飲み屋さんでは
ありませんね。玄関開けたら、靴を脱ぎ、メニューを見たら桁違いの¥。良い経験でした。
そんな様子で京都会議の壱日目は終わりです。
1月
18
館山青年会議所新年会
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17日(火)館山青年会議所の新年会へ
真索さん、金高くん、祐貴くん、成浩くん、康一さん、司くん、
大和くん、教行さん
浩司さん、俊くん、静香さん、義眞くん
英之さん、私の14名で参加です。
館山はチーバ君で言えば、足首です。(過日参照)
館山はお隣なので移動時間もアウェー感も少なく、心地よかったですし、
総会からの参加で、鴨川との違いが見れて参考になりました。
2名の新入会員が認証されていました。我々もいざ!会員拡大!!
新年会はたくさんのメンバーがいて、これまた、気持ちよかったです。
帰鴨後は、先輩方とシニアクラブOB交流懇親型例会の打ち合わせを
行いました。45周年、会員拡大に向け、さらに先輩方と交流を持ちたいと
思ってます。
なお、9月1日に会員大会 館山大会が開催されます。みんなでいきましょう。
会員大会への出向も募ってます。よろしくお願いします。

1月
17
佐原青年会議所新年会
カテゴリー 未分類
14日(土)佐原青年会議所の新年会に斎藤英之くん(会員大会委員長)
川名監事(会員大会総括幹事)と私で参加しました。
ちなみに、佐原はチーバ君で言えば、頭頂部です。
荒井利尚理事長は穏和な印象の方で、「絆」をスローガンとしています。
世相を表す「今年の漢字」で昨年選ばれた字です。
ちなみに「今年の監事」は川名さんと濱ちゃんです。
ちなみにチーバ君
千葉県に住む不思議な生き物。
好奇心旺盛でいろいろなことに挑戦するのが大好き。
未知なものにたちむかうとき勇気と情熱がわき、
からだが赤くかがやく。
食いしん坊でいたずら好きな面も。
・・・・つっこみどころまんさいです。
1月
13
12日 (社)鴨川青年会議所の新年総会、新年会。
鴨川ホテル三日月さんにて1800より新年総会。
多数の来賓、先輩、会員会議所の皆さんにご臨席いただきました。
新年総会では来賓の浜田代議士には「ヤング!パワー!!ソウル!!!」
を「ベタ」とお褒め頂きました。ねらいはその通りだったのでうれしいです。
岡野委員長の美声とともに新年総会はスムーズに進み、早めに終了です。
新年会では150名以上の席が設けられました。壮観です。
村田委員長作成の
「新年会読本 めざせ新年会マスター 他LOMを知り己を知れば百戦危うからず」
を小脇に抱え、皆さんに挨拶し、お酌し、世間話をして2時間はあっという間でした。
担当の総務委員会岡野委員長と会員委員会村田委員長は二人とも初委員長でしたが、
立派に役を全うしてもらいました。これに、メンバーの自発的なフォロワーシップが相乗し
会は厳粛に、円滑に、そして華やかに終了しました。
ありがとうございました。鴨川青年会議所。
今度は、自分達が赴く新年会まわりです。より積極的な参加をお願い致します。






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