京都会議初日

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天気予報によれば西日本地方は降雪であった。

鴨川市役所に集まる頃には冬の冷たい雨であった。祖父祖母世代はよく

この冬の冷たい雨のことを「いっしい天気」といっていた。通じるだろうか。

傘を持っていこうかやや逡巡したが、普段せぬことはしないほうがよい。

温かいことに、紫のシャツを着た高島くんとビールを差し入れてくれた村田さん

と暖かなお茶を持ってくれた森谷くんと勤務中に係わらず須金君がお見送りにきてくれた。

市役所前の屋根のある駐輪所で挨拶をして、川名さんの車に、相原先輩と真索さんと

川名さんと金杉くんと正木君と自分が乗り込み、新横浜へ向かった。

英之君はブロック役員の職務のため、すでに、鴨川を離れているという。

英之君はほんと偉い。

それに引き替え、車内で差し入れのビールを開けてしまう僕はどうなんだろうか。

新横浜駅の駅裏へ車を停め、プラットホームへ向かう頃には

雪がしんしんと降り続いていて、雪の階段を天へ辿れば、

やすやすと恋人気分になれそうなロマンティックな情景だった

けれども、隣にいるのは金杉専務というのはかなりの現実感だ。

正木君が買っておいてくれた切符を手にして改札口をくぐっても

予定の時刻にはまだ余裕があった。何を話したか、はっきりしない。

が、専務が今年度日本JCのスローガン「呼び覚ませ日本のプリンシプル」

について、「プリンシプル」ってどういう意味的発言をしていたが、

そこは英国帰りの直前が「学級委員長」っていう意味もあるよと言っていたのは覚えている。



新幹線車内の様子だ。

正木委員長は満面の笑みだが、隣人には目隠しをいれておいた。

車内で先輩が肉まんを差し入れてくれた。専務はありがとうございますといって

食べていた。僕らはいましがた、弁当を食べたばっかりだったので、少し遠慮させてもらった。

金杉専務は偉い。

それに引き替え、つぼにはまった笑いを押し殺している自分はどうなんだろう。

少し飲み過ぎたかもしれない。

京都駅に着く。宿泊の新都ホテルは南西方直前だ。正木委員長は部屋に入ると

疲れた様子を表し、ベッドで横になっていた。今夜の予定「関東地区ナイト」は

1900開始の予定で、時間に余裕があったので、少しまちを散策しようということになった。

京都らしいところで木屋町通りとか歩いていると、高瀬川が流れていた。

森鴎外の「高瀬舟」の舞台である。・・・うんちくもおちも無い。



そう言えば英之君の奥さんが「かんちくナイト」という言葉を聞いてディスコのようなものを連想した

らしい。自分にもそんな記憶がある。JC用語というものは圏外の者にとっては不可解なものが多い。

では「かんちくナイト」とはいかなるものか。写真の通りである。



ディスコではない・・・・のようなものでもない・・・ふつうのJC的な風景である。

壇上中央でマイクを前にするのは本年度関東地区協議会の会長 杉浦誠君です。松戸JCです。

今年は千葉県内から関東地区協議会への出向が多いようです。関東地区協議会は関東地区

に存する8つ、千葉とか神奈川等の8つのブロックの集合体です。日本本会とブロックの橋渡し役を担います。

私もこれまで関東地区協議会に目を向けたことはありませんでしたが、県内LOMから会長を輩出するということに

なるとやや近しいものとなってきます。会場は熱気に満ち、約400名のJCがいた模様です。

かんちくナイトのあとは相原先輩とおちゃやさんの約束をしていましたが、ちょっとかんちくが長引いたため、

タイミングが合わず、おちゃやさんにはいけませんでした。なのでみんなでご飯へ。



宮川町あたりをうろつくメンバー。なんとかなぜか中国料理へ。

そこで白、黒、赤の担々麺を食べると、私の頭から発汗し、雨が降ったような様になりました。

三蛇酒を頂いた方は時にハブとなり、時にまむしとなり、時にコブラとなっておりました。

私と専務はこのあと、相原先輩にお誘いを受け、先輩なじみの飲み屋さんへ。飲み屋さんでは

ありませんね。玄関開けたら、靴を脱ぎ、メニューを見たら桁違いの¥。良い経験でした。

そんな様子で京都会議の壱日目は終わりです。

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